昨日の火曜は、台風接近に伴う悪天候が避けられそうにないため、メリパナイトランを中止にしました。
おかげで、ずいぶんゆっくりとした時間を過ごすことが出来たのだけど、今朝の目覚めはスッキリしませんでした。
おそらく原因は酒でしょう。
以前に比べると量は相当減ったのだけれど、飲み出しの時間が早かっただろう。飯を作る時にどうしても飲みながら…になってしまいます。悪い癖です。
そんな感じで迎えた水曜の通勤時に車窓から見える景色は、台風一過で被害の無いように見える田んぼです。
充分に水が張られた田んぼを見ると、何故かホッとした気分になりました。
老いてきた故のノスタルジーでしょうか?
コメ作りなど見ただけでやったこともない、当然出来ない自分が何故ホッとするのでしょうか?
憧れか願望の類いかも知れません。
とすれば、もしこれを叶えたいと思うならば、学ばなければならない事柄は沢山あります。
自分自身のことは棚に上げておいて申せば、最近世間や身の周りに起こり続けるヘンテコな事象の根本的な原因は、一個人の生活力が低下し続けて、ある一定の段階を越えてしまったことによるものではないかと思いました。
どうすれば生活力が上がるのか?
それに一様な均一的な方法ってのはありません。
一個人それぞれが営む暮らしの中において、一個人自身が対応して折り合い続けるところからしか見つかりません。
暮らしの中において、自分の足らずを知り、足らずをどうにかするために色々試行錯誤をする。
AIに聞いてみるのも良いかも知れませんけど、自分でどうにか努力して出てきた結果を受け入れながら続けた方が、より沢山の生きがいを感じるのではなかろうか?
車窓を眺めながら、ぼーっとそんなことを考えていました。
