このブログは、なるべくなら、日記みたいな形で留めていこうかなと考えてみました。
一番の読者は、恐らく自分自身になるけれど、老いが加速している現在は健忘録としての価値があるような気持ちが、確信に近づいたような気がしたからです。
つまり、今の自分から将来の自分へ向けた「手紙」みたいな感じで書いていくことにします。
ということは、もしコレをご覧くださっている方がいらっしゃるとしたら、過去の私から発した「手紙」としてご覧いただけると幸いです。
それでは、やってみましょう。
最近、仕事とメリパナイトランの両立を前提にして、それ以外の趣味を愉しんで進めていくことが困難になっています。
今年(2026年)のゴールデンウィークは、暦と休日当番の絡みで5~7日の3日間連休になっているので、この期間は趣味三昧で決め込んでやろうと前々から心の段取りをしていました。
しかし、実際は4月29日あたりから発生した発熱&咳がダラダラと続いて6日に至り、7日になってようやく熱が収まるという展開になってしまいました。
身体は治っていくように思える状況で、いまさら医者へ行くのもどうかと思うし、買い替えた洗濯機がもうすぐ届けられるという電話もかかってきました。
故に今日は、家でおとなしくしておくことにします。今日くらいは家で趣味に没頭しようと思いました。
とは言え、1週間も微熱が続いた身体のダメージは、老体には相当キツイです。
謎の筋肉痛と、動かしていない筋肉のこわばりがスゴイ・・・。
せいぜいリハビリ程度にギターを触って、曲を研究しながら覚えていく作業に再び慣れていくくらいで愉しんでいこうと思います。
もうひとつだけ、しなければならないことがありました。
私の作業場と妻の部屋のエアコンの買い替え手続きです。
なるべく今月中に発注だけでも済ましておきたいので、そろそろ購入する機種を決める必要があります。
石油やナフサが足らんとかどうとか言うてはる状況で、誰が何を言おうと、どう考えたってモノの値段は予想を超えて上がっていく(お金の価値が下がる)のは確実な展開でしょう。
エアコンを一気に2台も購入するのは、我が家の経済状況において決して安い買い物ではありません。
しかし、これは暮らしの防衛策です。
暮らしの身近において、深く考えることなく「当たり前」と思っていた事柄が当たり前ではなくなってきた、という状況は、コロナ禍以来の出来事と思いました。
しかし、コロナ禍と違うのは、コトを起こしたのは自然ではなく人間だという点です。
これは、割と重要な捉え方ではないかと思います。
私たちの暮らしにおいて、どのように対応したら良いのでしょうか?
私はまず、こう捉えるように心がけています。
今の状況が分からなさすぎる時は、分からないことに悩んだり怯えたりすることは賢明ではないと考えます。
こういう時は、どうすれば良いのだろう?と、考える時間を確保するために、暮らしをしっかりと整備しておくのが良策と考えています。
これが、暮学の基本になります。
とにかく、身体をしっかりと治して暮らしを整えていきたいと思っています。
