アメリカ&イスラエルとイランのアレで、私が一番勉強させていただいたことは「ナフサ」の存在でした。
騒動が勃発したばかりの頃、近くの大手薬局チェーン店で「トイレットペーパー、ティッシュペーパー」は、お一人様1つ限りとさせていただきます。というポップを目にしたとき、思わず「昭和かぃ!」と声を出して突っ込んでしまいました。
世の中がいくら便利になったところで、ヒトの行動が相応に変化したわけではなかった・・・というのを象徴する出来事でした。
私にしてみれば、これはガソリンがまた高騰するのかいな・・・くらいな印象でしたけど、事態はそれだけではありませんでした。
原油が手に入れられないと「ナフサ」を作ることが出来ない。
これは大変なことになる。
どうやら、そういうことらしいのです。
そもそも「ナフサ」って何よ?くらいの知識しか持っていない私にとって、その事態の深刻さを理解するのにしばらく時間がかかりました。
どうも、「ナフサ」が手に入らなくなると、プラスティック製品や有機溶剤、ゴムが作れなくなるらしい。
そうなってしまうと、世の中多くの業界にとって大きな経営打撃になるというのです。
本当にすいません。
還暦すぎて、初めて知りました。そういうことを。
高市さん、政府の方々は、口を揃えて「必要な量は確保してある」とおっしゃる。
しかし、多くの企業の生産現場では既に在庫の底が見え始めてきたので、何らかの対応が始まっている。そんなニュースも同時に流れてきます。
どっちが本当なのでしょう?
私の暮らしにおいて、今のところ直接何かが影響している点はありません。
しかし、息子たちや身近な人たちの周りでは、だいぶヤバいという感覚でいるようです。
話を聞く限りでは、6月あたりがデッドラインになるという点が共通しています。
自分の暮らしから眺めたナフサ不足の問題は、とても大きすぎて実体を捉えることが出来ません。
今、これを書いている場所(自宅の作業場)を見回しても、ナフサ由来の製品で溢れかえっています。
暮らしの中だけで言えば、今あるものを工夫して長く使うのも良策なのでしょうけど、世間全体が一斉にその動きになってしまえば、それを生産している企業の運営に支障がでます。つまり、そこに関わっている人たちの暮らしが支障をきたすのです。
最適解が何なのか?さっぱり分かりませんけど、少なくとも言えることはあると思います。
それは、今まで当たり前に在ると思っていたものが、そうでもないということ。
それが無い、あるいは足りないとなったときに、どうやって暮らしていくか?という工夫と知恵を絞ることだと思うのです。
それは今後、普段に考え続けなければいけないのだということです。
