1人で家に居るときに、なるべく酒を呑むのを控える。
完全に止めるのは愉しくないので、なるべく控える。
他人さまにとって、どうでも良いことをなぜわざわざブログに書いたのか?
私にとって、本当に書きたかったのは、そのことではなく何故そう決めたのか?ということです。
今日は、なるべく簡単に書き留めておこうと思います。
1人で家に居る時に、なるべく酒の呑むのを控える。
それでどうするのか?
つまりは、酒を呑まずに他のことに取り組む。その時間を覚悟を決めて作るということです。
何故その時間を作るのか?
やることが増えたから、やりたいことが増えたからです。
還暦を越えて、あとは老いていくだけの身で、なぜやりたいことが増えたのか?
自分でも分かりません。
ただそれは、自分の心が動いたというより、皮膚で感じた空気感みたいなものでした。それを通じて、反射的にそうしようと思った、思わされたような感覚だった気がしています。
その感覚が訪れたのは、仕事帰りの妻の疲れた姿や振る舞いに、彼女の「老い」を見たときでした。
彼女は、長年助産師をしています。
社会において必須の仕事です。
世は少子化対策とか子育て支援策とか、色々言われてアレしてますけど、実際の現場に携わる仕事です。
生まれる子供の数が減ることで産院の数が淘汰されている状況に、無痛分娩(この言い方、別の表現にならないか?)が普及していく価値観の変化に伴い、現場の仕事量は増えることはあっても減ることはないとのことです。
産院の数が減ることで、残った産院に集まる妊婦さん方は広範囲から訪れるようになります。
そうなると、自動的にトラブルを抱えた妊婦さんの(言い方が悪いけど)トラブルっぷりの振れ幅が広がります。
詳細は守秘義務があるので、妻の口から語られることはありませんけど、その疲れっぷりの半端無さから相当大変なんだろうな・・・と容易に想像できます。
そんな妻を何とか元気にしたい、リラックスしてもらいたいと、私は子育てした時と同様に「食事」を通じて彼女の回復に努めています。
それなりに頑張って、ようやく妻の調子も戻ってきたか?と思ったら、また次の夜勤が明けて帰宅した妻の姿は「元に戻って」しまっている・・・。これの繰り返しです。
それでも、やり甲斐があると思うなら続けるのも良いでしょう。私も応援します。
しかし、働き手を部品としか扱わない産院、常識を持たない妊婦さん方の増加が、更に妻を苦しめています。
そんな妻に、私はこう思います。
「もう、エエんとちゃうか?そろそろ・・・。」
かれこれ2000人を超える赤ちゃんを取り出しているんやから、もう社会には充分貢献していると思いますよ。
その実績に対して敬意のカケラも払わない社会に対して、もうこれ以上自分の心身を削ってまで貢献する必要はないと思いますよ。
もう、そろそろ自分のことを一番大事にして暮らしてみてはどうでしょうか?
私は心底思うのです。
経済的な事情があるから、働くことを止めるわけにはいかないでしょう。
それでも、私も幾ばくかの稼ぎがありますから、今までより必要なお金は少なくても大丈夫ですよ。
不安があるなら、私がもうチョイ頑張りますから。
というのが、酒を控えるように決めた経緯です。
私が、もうチョイ頑張る。
何を?
こう考えたときに、やった方がエエな~と感じたことがありました。
読むこと。
書くこと。
奏でること。
それらを記録すること。
走ることについては、いうまでもありませんから端折ります。
趣味として愉しんでいくのに変わりはありませんけど、それらを「記録すること」へ深めていくことで、暮らしの焦点の合わせ方が広がるのではないか?いや、広げる必要が今の暮らしにおいて必須課題ではないのか?というのを、皮膚で感じた気がしたのです。
てなわけでジジイの暮らしは、だいぶ頑張らんとアカン展開になりましたとさ。
