
住み暮らす集合住宅の大規模修繕も終わって、部屋の整理も一段落したことで、長年やろうとしていて出来なかった「松岡食堂」を開くことにした。
松岡食堂とは、めし屋の名前ではない。それは私が「暮学する空間」として名付けた場所の名前だ。
今回は、普段から年に1回か2回ほど呑み屋に集まって鼎談をしている面々、コワーキングスペース「カフーツ」主宰の伊藤さん、神戸春日野道でギャラリー「神戸天昇堂」を営む井上さんをお招きした。
お二方には、松岡家の定番メニューの「餃子」をメインに、切ってホイ、焼いてホイのシンプル料理を食べていただき、愉しい時間を過ごさせていただいた。

BGMの品質は良いものであるべきだ、という私の信条を基にお二方には事前に聴いてみたいレコードやCDをご持参いただくという「宿題」を出した。
私が選んだのは、ルイス・フィリップの「Appointment with Venus」。
1発目の曲が、水道か何かから滴り落ちる水滴のリズムで歌うアカペラがカッコ良いお気に入り。
昨年暮れに清水の舞台からアレして大枚叩いて購入したオーディオシステムで、それこそ30年以上ぶりに聴いた。
伊籐さんは、加川良やデレクアンドザドミノス、キース・ジャレットなど、井上さんは、ミッチェルフルームやスタンリージョーダンなどのインスト、小さな音量ながら少しでも良い音が流れる部屋での鼎談は愉しんでいただいたのだろうか。少なくとも私は良かった。
自分の部屋を使った鼎談、この閉鎖性というか気密性は、現代の便利すぎて無駄に混沌としている社会にとって意外にも貴重な要素ではないかと思っている。別に悪だくみをするのではないけど(笑)、外の雑音が過剰に増幅して爆音になる心配を最初から無くしておきたい。だから、特別なことをせずに雑音を遮断する「我が家」「我が部屋」というのは、余分な経費の一切かからない「道具」として使うことが出来る。
もちろん、「手入れした上で」という但し書きがあるのだけど。
この「道具」は、私流に使えば「暮学空間」、伊藤さんだと「コワーキングスペース?」、井上さんだと…「春日野道経済大学?」(ちょっと違うか)になるのだろう。
道具は使ってこそのもの。
だから手元に置いといて、いつでも使えるように普段から手入れしておくのが肝要と思っている。
ところで、意外に感じたことがあったので記録しておこう。
伊藤さんと井上さん、後日それぞれのSNSで書いていらっしゃったのだけど、こうやって他人の家にお呼ばれされて伺うのって、共に数十年ぶりだそう。これは驚き桃の木山椒の木だった。
お二方ほど、私から見てとても幅の広い人付き合いをされていらっしゃる方々が…ということ。
なんでやろか?という問いを立てると、とても面白い思索になると思った。
で、今朝、家事と朝飯を済ませてコレを書いていたとき、夜勤を終えた妻が帰宅した。
書いてるうちになんとなく聴きたくなったので、先ほどの「Louis Phillipe 」をターンテーブルに置いて静かに音を出していると、妻がこう指摘した。
「な〜んか、オシッコ行きたくなる曲やねぇコレ」
まぁ何ともお下品な…、と返すと、即座に言葉が返ってくる。
「手術や病気で排尿が困難になっている人に、水の音を聞かせるのって有効やねんで。実際、そんな人に川のせせらぎなどの音を聞かせて排尿を促す方法ってのがあるねん。」
だと。
知らなかった。
曲を聴き終えても尿意は起こらなかったので、身体は大丈夫そうだ。
ただ、私の心の中に、今後この曲を聴くたびに「尿意」という言葉がセットになって湧いてくるように刻まれてしまったこのひと時の出来事が人生のトピックになってしまうとは思わなかった。