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思索の開始位置

子育てをひと段落させ、シングルファザー生活も再婚という形で区切りをつけ、それでも子供たちには色々と気にかけなきゃならない場面がいくつもあって・・・、それでも普段の暮らしの中で、自分と向き合う時間が以前より増えているのは間違いない。にも関わらず、出来ると思っているコトの量が出来ていない。原因は「老い」である。今年の目標である「書きなぐる」ことを具現化させようとすると、これと向き合い折り合って進んでいかなければならない。

 

なので、出来ると思っている「量」を減らし、取り組む「時間」を細かくして、小出しに書きなぐることでどうにかならないかと試してみる。

 

最近、色々とヘンテコに感じる数多くの出来事やニュースに共通して感じることがある。

今日はそれを記録しておこう。

 

人は、すべての人は多かれ少なかれアホ、バカであるにも関わらず、なぜ自分のソレを自覚して向き合うことをしないのか?他者のアホ、バカを指摘してり非難したところで、自分のアホ、バカが改善するはずなどないのに、なぜそんなことに熱中しているのだろう?

 

そんなことをする人の周りにも、人は居るだろうに。

なぜ身の周りに、しょうもないコトを言ったりしたりする人が居るにも関わらず、「アホかお前、そんなしょうもないことするなや!」とたしなめることをしない人が増えたのだろうか?

 

人生の終わりあたりの暮らしを切り拓くにあたり、ここを思索の開始位置として歩みを進めたい。