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北海ラーメンの「塩バターラーメン」に想ふ

そのメニューを思い浮かべたり、口にしたりすると昔の記憶が鮮明に蘇ることがありませんか?

 

松岡さんはあります。

先日、それを久しぶりに食べました。

 

北海ラーメンの「塩バターラーメン」です。

松岡さんは、ラーメンが大好物です。

 

ラーメンとの関わりは、恐らく小学校1年生くらいから始まったと記憶しています。

 

母親が洋裁の仕事をしていて土曜も仕事だったので、30円とか50円とか貰って近くの万屋や薬局へ行って袋モンのインスタントラーメンを買って作って食べていました。

 

カップヌードルは発売されていましたけど、袋入り麺と比べて結構高額だった記憶があります(1個100円くらいだったかな?)。

チキンラーメン、サッポロ一番の醤油、みそ、塩味、後にカレーラーメンが発売された時は随分ハマりました。


母親が作ってくれるインスタントラーメンは、野菜を沢山入れるのは良いけど、その分味が薄くなるは煮込みすぎて麺がフニャフニャになるは、それはモウ全然美味しくなかったんです(苦笑)。
自分が食べたい味を食べたい食べ方で愉しむことの出来る土曜の昼は、松岡さんにとって待ち遠しい時でした。

 

やがて月日が経って中学2年の時に両親が離婚、松岡さんと妹は母親との同居を選択、住んでた家から少し離れた文化住宅へ引っ越しました。

 

その時、母親は大手保険会社の営業をしており、帰りが夜遅くになることも多くなりましてね。
晩飯は外食ってなことも増えてきたわけです。

 

そんなある日の夜、連れていかれたのが東山商店街北側入り口すぐに出来た「北海ラーメン」。

松岡さんにとって、中華そばじゃない「ラーメン屋のラーメン」との出会いでした。

 

壁に貼ってあるメニューを見ると、値段がまあまあ高い。
一番安いのが塩ラーメンと醤油ラーメン、その次が味噌ラーメン、そして「塩バターラーメン」というのがありました。

 

「好きなの頼みなさいよ。」

 

母親の言葉に甘えて出た言葉が「じゃ、塩バターラーメンっ!」

 

中華鍋に野菜を放り込んで大火力で炒める様子やうず高く舞い上がる炎を見てカッコエエ~とシビれつつ、ドンと目のまえに置かれた塩バターラーメンを一口すすって、独特の強い腰を持つ麺の食感に感動、世の中にこんな美味いラーメンがあるのか~!とモウ一回シビれました。

 

以降、我が家の御馳走タイムで時折家族3人で利用していましたが、中学3年になって別の街へ引っ越すことになり、店に行く機会も大幅に減りました。

阪神淡路大震災で店の在った一帯は全壊、今では面影の欠片も残っていません。


ある日、昼飯を食べ損ねた午後遅くに三宮の地下「味ののれん街」を通った時に懐かしい看板が目に留まり、つい暖簾をくぐりました。

 

スープを呑み干すまでの間、つらく悲しい事の多かった子供の頃の数少ない団らんを思い出していました。